【旭川市】なぜここに上川神社の石柱があるかを、みなさんはご存知ですか? かつての参詣道路と神楽橋。

みなさん、節分の準備はお済みですか? 家で豆まきをされる方、恵方巻を食べられる方もおられると思います。2026年の恵方は「南南東」だそうですよ。

多くの人が初詣で参拝した上川神社では、豆まきなどのイベントはありませんが、確認したところ「福豆」の領布は行っていますので、縁起物の豆をぜひゲットしてくださいね。

上川神社には多くの謎があることを、2025年5月9日の記事でお伝えしました。

1924年(大正13年)に神楽岡の地に遷宮した上川神社。2023年には鎮座100年を迎え、奉納行事などが行われ …

毎年、7月21日に上川神社例大祭が行われていますが、なぜ7月21日が例祭日となったかは謎だそうです。また、三代目となる上川神社は宮下東宮公園周辺に鎮座していたのは確かなのですが、どこに鳥居がありどこに社殿があったのかも謎とのことで、いろいろと謎や不思議がある神社でもあります。

現在の上川神社が神楽岡の地に鎮座し、2026年で103年となります。神楽岡とは少しばかり離れた1条通16丁目にある「上川神社」の石柱を、皆さんも見たことがあるかと思います。では、なぜ、ここに上川神社の石柱があるかはご存知でしょうか。これも筆者にはひとつの謎となっていました。

こちらの石柱は「上川神社社号標」だそうで、建設されたのは1934年8月だそうです。病院の開業十周年を記念し唐沢氏が「上川神社の参詣道路の入口となる1条(通)16丁目左1号に社号標を建設し奉納してくださった。」と上川神社の記録にありました。社号標とは、神社の正式名称(社号)が刻まれた石柱や石碑のことで、参拝者への目印となるもののことを言うそうです。

*旭川市史より

上川神社に至る参詣道路とは、旭川市史によれぱ、「昭和九年(1934)年七月二十日、宮下通一五、六丁目間より神楽岡に通じる参道の開通と神楽橋の改築渡橋式が行われている。」と記載がありました。かつては1条通16丁目から神楽橋を渡って上川神社までに至る道が参詣道路と呼ばれていたそうで、その入口に建設されたのがこの社号標(石柱)だそうです。

旭川市史を見ると、かつての神楽橋は灯篭が左右に設置された参詣橋らしい趣がありました。

「新神楽橋」が新たに架けられたのは2003年のこと。この橋の登場により道が大きく変わり、参詣道路とは呼ばれなくなったようです。かつての神楽橋は、現在の歩行者専用道路となった「神楽橋」とほぼ同じ場所に架けられていたそうですよ。

上川神社の一の鳥居から本殿に至る全109段の石段が建設されたのも、社号標が建設されたのと同じく1934年のことだそうで、1934年という年は大きな動きがあった年だったようですね。109段の石段は「参道石段」と呼ばれています。

上川神社の記録を見ると、1934年に1条通16丁目に建設されたときの社号標と、現在の社号標は少しばかり場所と趣が変わっているようです。1974年、1条通16丁目が道路拡幅整備が決定。社号標が片側道路の真ん中に位置することになってしまうことになり、移動することになりました。神居古潭石の稚児石が設置されていましたが、移動の際に歩道に幅がないとのことで稚児石は四方を前後二石ずつに変更設置としたそうです。結果的には社号標は4メートルほど左にずれたそうですよ。

上川神社に参詣される際は、かつての「参詣道路」についても、思い描いてみてくださいね。

上川神社社号標
住所
旭川市1条通16丁目
関連リンク

号外NETの広告出稿はこちら

号外NETメルマガ

号外netは持続可能な開発目標(SDGs)を支援します

号外netへの提供提供求む!